長らく、私が人からはそこまで言われたとはなくても、若干の、鬱っぽさと落ち込み感は漂わせて生活を、してたのかもしれない。

共同アパートで私の送迎会をみんなが開いてくれた。

その時に言われた言葉が、「ここに来た時、癒しを求めて来てる感じだったもんね。」「働いてる時は、切羽詰まってたもんね。」「地元に戻るって言う選択をしてから、すごく顔が生き生きしてる」って言われた。

ただ、それと同時に、私の家庭事情を話すと、「実家戻ったら辛いよ〜!!」「30代が一番楽しいよ!!」とも。

共同アパートに住んでると、少なからず、似たような感覚の人が集まる傾向にはあるのかも。東京だったら、安い共同アパートに、もしかしたら若くて夢を追いかけてる人が集まってるように。

私が集まって、一緒にお話をした共同アパートの方は、みんなそれぞれに親から受ける苦しみを受けてるようにも感じた。

ただ、親から受ける苦しみを患ったとしても、自分自身の人生を生きていきたいと思う。親がどうのこうの、ではなく、自分がどう生きるかに重点的に置く。

みんなそれぞれに、良いところがあって、素敵な方達。けれども、もっと良い方向に進められたらなとも思う。私自身が自分に対して感じたことが、

・「自分の良さがあんまりわかってないのかも」

・「他人に期待しすぎてるのかも」

・「自分自身にきちんと、目を向けずに、成長を拒んでいる」

恐らく、自分が変えられない原因がいくつかあるのかもしれない。そのうちの原因として、

・その環境に甘えてる時、何かに依存してる時

・自分の居場所を履き違えてる時

・自分に自信が持てない時

じゃないか、と思う。

人は何かしらの、ものを抱えて生きてる。あの人が幸せそうに生きて居た、としても、それはそれで何かしらの、辛さは抱えてる。

第1回[蜷川実花×堀江貴文 対談](前編)恵まれた環境に生まれる人なんていない | 堀江貴文のゼロ──なにもない自分に小さなイチを足していく | ダイヤモンド・オンライン

この記事は分かりやすい例だと思う。何もない、って言ってる人が、何もないことに悩んでるように。

私が今まで働いて居たところで、長く勤めてる人ほど、「自分にはやりたいことがない」ってはっきり言っていたのを覚えてる。

あまりにも、ブラック企業で廃人化してしまうのも、そこの環境に染まってしまってる、と言えてしまうところもあると思う。

自分のことに厳しくされる会社だとしても、自分がやって来たことを肯定できるような環境に自分がいないってことは、病んでしまう可能性は大いにある。

悩んでしまう一番の要因は、人間関係

と言うか、そもそもが、人と接することによって、生きていることが、成り立つものだから、自分と他人を比較してしまって、悩み、苦しむ。

自分がこうであるはずなのに、と思ってたのが全く別のところに向いてしまった瞬間に、落ち込んでしまうとか。別の方向性で、努力をしてしまって、自分の求めてるものでは無かったとか。

自分が、今生きてる人生に、自分がそれでよかったって思えるほどの、人生を歩んで行きたい。

何でもかんでも、全てに100%の力を注いでしまったら、疲れるし、力量はほどほどに。

健康的に生きるのが、第一歩

酒に依存しない、タバコに依存しない、昼夜逆転生活を送らない、軽く運動する。一番衛生上にいいのは、健康的に生きれる自分だと思う。

最近読んだ本、ヤマザキマリさんのとられない生き方 悩める日本女性のための人生指南書 。

とらわれない生き方 悩める日本女性のための人生指南書
 
好きなことで生きていくための指書でもある。人間、割り切りもすごく大事。自分の土俵を自分自身で、0から100に持っていけるほうが生きる強さは兼ね備えられると思う。

 

色々あるけれど、少しずつ一歩前に進めて行けれたら、一番良いと思う。

終わり。